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住民投票は少数意見の尊重か

  • 武蔵野市政ウォッチャーより再構成
  • 2022年1月25日
  • 読了時間: 4分

武蔵野市の住民投票条例に賛成した立憲民主ネットの西園寺みきこ市議が昨年末のブログで、反対した市議を批判し条例の意義を説明しています。少数意見の大切さを説いていますが、多数決で決める住民投票条例がなぜ少数派の意見の尊重につながるのでしょうか。

■否決の怒り、無所属議員に

■市外の議員が賛成キャンペーン

■反対は差別と主張


「圧力に負けた」と無所属議員を批判

西園寺市議は生活者ネットが支持基盤で市議会では立憲民主ネットの会派です。条例が否決された怒りの矛先は、採否のカギを握っていた無所属議員に向かいます。否決翌日のfecebookの投稿で「(無所属市議は)『中立の立場の私たち』という言い方をされていましたが、議員に『中立』などあり得ません」と批判。「条例について冷静に考えて賛否を決めるのは市長応援側も市長の対立応援候補側と同じ」と市議は松下派と反松下派に二分されるとの見解をお示しになります。

いうまでもなく地方議会は二元代表制です。市長も市議もともに選挙で選ばれた市民代表であり、市議は是々非々で市政を監視し政策提言する役割が求められています。もちろん市長に考え方が近い、相いれないなど様々な立場があるのは当然ですが、西園寺市議の投稿は二元代表制で求められる市議の役割を放棄しており、市長を追認するだけの市議は必要ありません。

25日のご自身のブログでもまだ冷静さを取り戻せていないようで、無所属市議に対して「『中立』と言いながら反対派からの集中攻撃に耐えられなかったのではないか?圧力に負けたと言えないか?結果として誰に加担したのかわかっていないのではないか?議員としての強い信念とリスク管理が必須です」と強く批判します。

■冷静に判断した無所属議員

確かに今回のSNSでは賛成派、反対派ともに活発な投稿が行われました。特に目を引いたのは、賛成派の団体が市議に対して賛成するようメールやファックスを送るキャンペーンと題した投稿です。この団体の投稿は、三鷹市の共産党市議、練馬区の生活者ネットの市議が拡散に協力していました。反対派だけが市議に攻撃したような書きぶりは事実に反しています。むしろ、無所属の市議は賛成派からの攻撃に耐えて、冷静な判断をしたといえるのではないでしょうか。

西園寺市議は約20年前の給食を巡る陳情を引き合いに住民投票条例の必要性を訴えます。当時は武蔵野市の中学校で学校給食がなく、給食実施を求める陳情が2004年12月の市議会で不採択となった経緯から「住民投票制度がその当時あったなら?」と投げかけます。実は翌年の市長選で給食を公約に掲げた邑上守正氏が市長に当選しており、その後給食が実施され、二元代表制においても民意は反映されています。わざわざ20年も前の給食を持ち出したのは保守系の土屋市政への反感を想起させ、住民投票条例の賛成を煽る狙いがあるのではないでしょうか。

■二者択一の投票で多様性を反映?

反対を差別と結び付けるのは西園寺市議も同様です。「アンケートでいい?それこそ差別です。外国籍の方の意見を聞くならアンケートでいい、という発言もありました。わかってないなあと思いました。日本国籍の人は投票所で投票できる。外国籍の人だけを別にアンケートする。っておかしいですよね」とブログで訴えます。

「わかってない」のは西園寺市議です。世界各国の風習や慣例はそれこそ様々です。例えば欧米の人には歓迎されても中東の人には受け入れられないことはあるはずです。多様な価値観を持つ外国籍の住民に対して、二者択一で回答を求めることは本当に多様な価値観の反映に資する制度でしょうか。形式的に同様でないなら差別と決めつけるのはあまりに短絡的と言わざるを得ません。

7回にわけたブログではナチスドイツを引き合いに最後にこのように締めくくります。「民意が必ず正しいわけではない。歴史の辛い教訓を、私たちは忘れてはいけません」「声が大きい方が正しいとは限らない」。多数決が正しいとは限らないと警鐘を鳴らしています。住民投票制度はあるテーマについて二者択一で選択するもので、自治基本条例の逐条解説では「法的拘束力を持たすことはできないが、実質的拘束力を持つと考えられる」と説明しています。「民意が必ずしも正しくない」なら多数決による住民投票は不適切な手段となります。いったい誰のために何の目的で住民投票条例を導入するのか、何か別の意図が隠されているように思えます。

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